神戸地方裁判所 昭和35年(そ)12号 判決 1960年9月20日
請求人 李寿岩
刑事補償決定
(請求人、同代理人氏名略)
右の者から刑事補償の請求があつたから、当裁判所は検察官及び請求人の意見を聞いたうえ、次のとおり決定する。
主文
請求人に対し金三万一千円を交付する。
請求人その余の請求を棄却する。
理由
本件補償請求の要旨は、請求人は、騒擾及び昭和二五年政令第三二五号違反被告事件について、昭和三十五年七月二日神戸地方裁判所において無罪の判決の宣告を受けた。請求人は、右事件に関し、昭和二五年一一月二九日から同二六年五月二日まで及び同三四年九月一一日から同三四年九月二三日まで勾留されたので、右期間の刑事補償として金六万七二〇〇円を請求するというにある。
よつて右関係記録について検討すると、請求人は、前記被疑事件について、その申立の日、勾留状の執行を受け、同年一二月一八日右罪名により起訴せられ、同二六年五月二日保釈許可決定により釈放され、同二八年七月一四日右保釈許可決定の取消により、同三四年九月一一日収監せられたこと及び同年九月二三日再び保釈許可決定により釈放せられるに至るまで以上合計一六八日間の未決拘禁を受けたこと、右被告事件は、申立の日、当裁判所において無罪(右政令違反の点は免訴)の判決があり、該判決は後記併合罪中の一部として確定するに至つた事実並びに請求人は、右被告事件とは別個の傷害被疑事件について昭和二七年六月一四日勾留状の執行を受け、同年同月二一日公務執行妨害、傷害事件により、前記両被告事件と併合罪の関係にあるものとして追起訴され、同事件の関係については同年六月二五日保釈許可決定に基き釈放されたが、同二八年四月三〇日右保釈許可決定の取消により、前記騒擾等被告事件の保釈取消決定の執行とともに収監せられ、同年九月二三日前同様、改めて公務執行妨害傷害被告事件についての保釈を許されて釈放されたのであるが、右被告事件は、昭和三五年七月二日当裁判所において懲役六月に処す旨の有罪判決を宣言され、請求人は同日右有罪部分につき控訴の申立をし、右事件は現に大阪高等裁判所に係属していることが明らかである。
したがつて、請求人が勾留された一六八日間の中には、当裁判所が有罪の判決をした公務執行妨害、傷害被告事件の勾留一三日が含まれているのであり、これについては、右裁判が確定したときは、刑事補償法第三条第二号を適用すべき場合に該るけれども、その確定がない現在、これをいかに取扱うべきかが問題となる。
そこで一個の裁判によつて併合罪の一部につき無罪、他の部分につき有罪の裁判があり、その無罪部分が確定しているにかかわらず他の有罪部分が、確定していないときに、その重複する勾留についても刑事補償の請求があつた場合、これをいかにすべきかについて考察すると、元来、刑事補償の裁判は、無罪の裁判(又はこれに準じる場合)等が確定している場合でなければできないことは当然であるが(同法七条参照)、裁判が有罪部分と無罪部分に分れ、しかもその無罪部分が確定し、当該無罪の裁判の対象となつた事件についての勾留による補償が可分的に判断できるときは、まづその部分について補償決定をすることが請求者の権利を早急に行使させるために必要であると解するところ、その両者が重複する部分についての勾留の補償は未確定の有罪判決がいずれかに確定するまでは、補償の裁判を停止し、その確定をまち、改めて補償の裁判をするとすべきか、有罪判決の確定をまたず、その確定を仮定して、刑事補償法第三条第二号の規定を類推し、健全な裁量により補償の内容を決定し、後に至りもし有罪部分が無罪となり、それが確定したときには、その無罪の裁判をした裁判所が改めて右第三条第二号の適用を排除したうえ、その部分についての刑事補償を決定するとすべきかの二態様が考えられるが、後者の見解は、仮定のうえにたつものではあるが、早急に請求権を行使させ、請求者に一応の満足を与え得られるのみならず、後に有罪部分の判断に変更がない限り一挙に補償の裁判を終了させられる結果となつて簡明であることよりして前者の見解に比しより優れたものと解する。
これを本件請求についてみると、騒擾等被告事件に関する部分のみの勾留についての補償請求は、その理由があり相当であるが、右事件と重複する関係にある前記一三日の勾留についての補償請求は、請求人が公務執行妨害、傷害被告事件につき前記のとおり保釈を許されてのち、右事件の最終公判期日(昭和二八年四月七日)までは出頭したが、その判決宣告期日(同年四月二一日)以後正当な事由なく出頭せず、その後長期にわたり所在不明の状態にあつた末、その保釈取消の裁判により収監されたものであるのみならず、右事件の内容、被告人の主張供述などに徴し右収監以後の勾留は右被告事件についても勾留の理由と必要が充分存在したと認められるから、右勾留についての補償は全部しないこととするのが相当である。
よつて本件請求のうち右一三日間の補償請求を除く昭和二五年一一月二九日から同二六年五月二日までの一五五日間の補償については刑事補償法第一条第一項に基く請求としてこれを認容し、その補償額の算定につき同法第四条第一、二項にしたがい諸般の事情を考慮して一日金二〇〇円の割合による補償をするのを相当と認め、同法第一六条前段に則り主文第一項のとおり決定し、その余の請求は同法第一六条後段に則り主文第二項のとおり決定する。
(裁判官 福地寿三 田原潔 西池季彦)